早稲田ニセ学生新聞・第4号

1995年12月3日発行第1巻第3号通巻第3号早稲田学生新聞とは断固無縁毎週月曜日発行に本号より変更定期購読は受付ず代金無用本紙は何かの資金稼ぎには非ず唯の悪戯也発行部数僅か20部否それ以下本学最小且最も過激な新聞ただ影響力甚だ小さし ※本号は発行されなかつた。

村山首相の退陣を惜しむ

 年明け早々、村山首相が辞任する事になつた。歴代内閣の「寿命」では十四位ださうで、今後この寄せ鍋内閣がどこまで持つか楽しみだつたのに残念だ。さういへば石原慎太郎が議員在職何年だかを表彰されてすぐ辞めた事があつたな。

 村山首相の功罪がもう言はれはじめてゐるが、時期尚早といふのはともかく、幾つかの評は間違ひである。例へば村山内閣は五十五年体制を崩壊させたといふ評があるが、五十五年体制の崩壊は細川内閣の時だつた。また「慎重」だつたといふ評もあるが、単に総理は無能なだけだつた。

 総理の功績は、近年で一番厄介な事件が連発した一九九五年を見事乗切つて長期に渡り政権を維持した事にある。実際の所村山内閣は、無能ゆゑの鈍重さをもつて事に当り、一見「慎重」な判断を下し続けた。関西大震災では初期の対応に問題があつたと言はれたが、地震の規模が大きかつたから誰にも首相はしつこく責められなかつた。オウム事件でももたもたしたが、結局オウム真理教の「犯罪行為」の規模が大きかつたから村山首相は無能をしつこく責められないで済んだ。首相の沖縄問題での対応は適切だつた事は前号で述べた。ただ、水俣病問題を解決したのは功績として認めて良い。だから村山首相が何も言ひ出さずに黙つてゐたら、任期いつぱい迄政権は持つたかも知れない。

 一方罪科は、同じく長期政権だつた事である。よく言はれる様に、この内閣は政策をもつて支持されて成立した訳で無く、単に「数の論理」で成立した内閣だつた。「保守の自民党」と「革新の社会党」がくつついた政権だつたといふ訳だ。とにかく数の上では過半数になり、政権が安定した。一方両党の理念は対立する筈だから、両党が「野合」するにはどちらも理念を無視しなければならない。これは良くないと言ふ事になる。

 ただ、私見によると、今保守と言へる政党は新進党だけである、といふより新進党内部の小沢一郎氏よりの元自民党の議員のみが保守派である。(旧公明民社の議員の多くは保守派で無く「中道」だ。)保守派議員が出て行つて新進党に行つたとしたら、自民党には保守派は一人も残つてゐない事になるから、今の自民党は革新政党である。それなら社会党とくつついても変では無い。すると理屈の上では村山政権は単に「数の論理」で成立したと言ふ訳にはいかない事になる。

 私は村山内閣を高く評価する訳では無い。ただ、次に総理になる橋本龍太郎が嫌いなだけである。橋龍は以前自動車協議でカンターだかの通商代表に竹刀を貰つた時、自分の喉元に竹刀を突きつけさせて笑ひを取つた。あれは負けを認める様な行為で、自国を貶しめる愚行である。そんな事をする人物が日本の総理とは情無い。村山総理も謝罪謝罪で情無かつたが、言葉だけだつたからまだ許せる。橋龍は態度で示したから私は嫌いだ。

 村山総理は政治家として無能だつた事は確かだし、そんな人物に国を任せるのは良く無い筈だつた。だが一方で、村山さんはお人好しで周りの連中の言ふ事に素直に従つた、詰り自分の所属する社会党の言ふ事より連立してゐる相手の自民党の言ふ事を良く聞いたから、まづまづの政治を行ひ得た。下手な政策論争をしなかつたがゆゑに政権に混乱を起さず、事件が頻発したがゆゑに実務に徹し得、五百日以上の長期に渡り何とか日本国を統治し得た。とにかく私は村山総理が、しよつちゆう辞めたい辞めたいと個人の感情で言ひ続けたり、その顔がいかにもお人好しさうだつたりして、政治家らしくなかつたから好きである。そして私は橋龍政権が短命に終り、小沢一郎総理が誕生する事を期待する。

宗教法人基本法案と日本の宗教

 読売新聞によると自民党の検討してゐる「宗教法人基本法案」は以下の様な内容だといふ。

いはく、一・宗教団体の政党創設の禁止、二・靖国神社への首相・閣僚の公式参拝の事実上の禁止、三・「信者の脱会の自由」、四・「霊感商法の禁止」。いづれもをかしな規定である。

 一が一番をかしいが、大事な事だから後回しにする。三、四が下らないから先に言つておく。いづれもわざわざ規定しておく必要が無い。信教の自由とは、宗教を信じるも信じないも自由といふ事で、三はその中に当然含まれてゐる。四は単に詐欺で取締まれば良い。

 二は宗教家の意見を聞かずに決めた規定だらう。詰り神道が宗教であるか無いかを考へてゐないのである。ローマ法王庁では神道は日本の伝統的な祖先崇拝であると判断を下し、カトリックとの並立を認めてゐる。神道は宗教学的には宗教とは言へない。靖国神社への「公式参拝」も日本国に功労あつた祖先の鎮魂を目的としたもので、いはば誰もがするお墓参りの親戚である。これは本当は誰も文句を言へない筈の事だ。

 問題は一である。政教分離と言ふが、例へば西欧の国には大抵クリスト教の政治団体がある。これを誰も変だと言はない。なぜといふに結社の自由は構成員の如何を問はないからである。所が日本では創価学会といふ宗教団体の政党として公明党があり新進党があると、皆こぞつて良く無いと言ふ。私はこれは創価学会が日本の宗教として定着してゐないのが原因なのだと思ふ。創価学会でもオウム真理教でも良い、一体政治に手を出さうとする日本の「宗教」で、一般人に違和感無く受入れられてゐる宗教があるか。

 そもそも日本人は開国以来西欧の科学に圧倒され続けた。科学万能主義こそ明治以来日本を支配する「思想」であり「信仰」である。それは一旦破綻して、軍国主義と大和魂の発揚、つまり大東亜戦争に帰結した。だがそれも敗戦により破綻して日本人は戦後本格的に科学ファシズムに支配される様になつた。非科学的宗教は戦後本格的に、科学至上主義の世間と対立する様になつたと言へる。

 科学万能主義と法律至上主義は通ずるものがある。そして今の日本人くらゐ科学や法律に頼る民族はゐまい。現代日本人が宗教を「排斥」するのは、宗教が非科学的であるのと同時に、法律の規制に馴染まない様に見えるからである。それは事実なのだが、ただ宗教と新興宗教(あるいは新新宗教)は違ふ事を誰もが忘れてゐる。宗教が非科学的で法規制と馴染まないといふのは正しい。ただ近代以後の新興宗教・最近の新新宗教は別だ。オウム真理教の事件に関連してあちこちでオカルトの事がいろいろ書かれてゐるが、オカルトブームもオウム真理教も背景に科学信仰があるとよく言はれる。オカルトは日本では「擬似科学」を意味すると言つて良い。オウムが科学者集団だつた事は言ふ迄も無い。幸福の「科学」といふのを見れば明らかな様に新新宗教は「科学的」である、といふのが一般的なイメージである。乱暴な言ひ方だが、日蓮正宗から分れて成立した創価学会も「学会」といふ呼称が示す様に近代以後の科学信仰に影響を受けてゐる。その点新興宗教・新新宗教の仲間である。そして宗教のイメージを下げてゐるのはこの新興・新新宗教である。

 「宗教法人基本法」の改正は必要で無い。私は「新興宗教対策法」を制定すべきだと考へる。日本の宗教は全て江戸期以前から存在するものと決め、明治以後に現はれた「宗教」は全て新興宗教として区別すべきである。古来の宗教は「宗教法人基本法」を適用するが良い。そして「新興宗教対策法」には危険な新興宗教の法人を解散・弾圧する条文を入れるべきである。もしそんな規制が嫌なら新興宗教は法人にならぬが良い。

一言ひとごと・新春TVスペシャル

★今回のNHK紅白歌合戦は変だ、どう見ても紅組が勝ちだつたのに白が勝ちになつた。白は最初から非道かつた、シャ乱Qは最低だ。(酒井法子の方が勝つてゐると思ふ。)小沢健二を除いて前半白組に見るべき所は無い。小沢健二はあの人をなめきつた歌で場を盛上げられるといふ訳の分らない才能を持つてゐるがそれも才能。対して紅組は前半の終り二曲が良かつた。岡本真夜は緊張して固くなつて歌つてゐるのが好感が持てた。石嶺聡子は上手だつた。これにさだまさしをぶつけたのはNHKが意地悪。何でさだなんて呼んだんだ。後半は紅白いづれも悪く無かつたが、(ドリカムと米米クラブでは後者の方が勝つてゐたと思ふ。)藤あや子が歌つたといふだけで私は紅組が勝ちだと思ふ。ついでだが美川小林の衣装対決がバブル崩壊後どんどん貧弱になつてゐる。また演歌の歌手の間にポップスの歌手を入れると無残だから止めて欲しい。(演歌の方がポップスより上等の歌が多いから。ただし秋元康の作詞した演歌は不可。)

★元旦恒例朝まで生テレビも面白かつた。西部邁と小林よしのりだけが他の連中から浮上がつてゐた。(ただしこの二人の方がまとも。)大島渚は怒つてばかりゐたし、野坂昭如は何でも天皇制が悪いと言ふ(私の母は、野坂は頭がをかしいと言つた。)し、も一人余りに馬鹿で名前も覚えてゐない奴もゐたがこれは西部が散々やつつけてゐた。小浜逸郎の言ふ事は良く分らなかつた。猪瀬直樹は冷静なのかどつちつかずなのか中途半端だつた。官僚の人は散々皆から苛められてゐたが、西部だけが官僚を擁護した。個人的には小沢一郎を首相にする運動をしてゐるどこかの社長だか会長だかの清水といふ人が一番まともだつた様に思ふ。その人ば正字正かなで文章を書いてゐた。西部もこの人を誉めた。最後に小林が、西部は勝つたと言つてゐた。それにしても西部をテレビ朝日はよく出すものだ。進歩派知識人の牙城テレビ朝日のオピニオンリーディングプログラム朝生を、保守派西部が一人で引掻き回してゐる様な印象を受ける。

★TBSのレコード大賞で、王様といふ歌手の、海外の歌の詞を直訳して歌ふといふのに企画賞が与へられてゐたが、企画賞とは一発ギャグに与へられる賞なのか。どうでも良いがこの歌手は王様といふ癖にみすぼらしい恰好で情無い。

★年末年始のテレビ番組が騒ぎ過ぎだと今年もまた新聞のテレビ欄に書かれてゐた。でも誰も望まないのに元旦の新聞は異様な量だつたが。

★年末年始はテレビよりFMラジオの方が良い番組をやつてゐた。といつてもただ歌番組の量がFMの方が多いといふだけの事だ。ラジオ局は皆正月特番を元日だけにして、二日からは通常の番組編成をしてゐた。ちなみに関東近辺のFM局の中ではFM富士(78・6Mh)が一番センスが良いのだが、読売新聞のラジオ欄では隅の方に小さくしか出てゐなくて残念だ。NHK・FMは詰らない。

★年末の自衛隊楽隊による「華麗なるマーチ」は楽しかつた。裏で黒柳徹子が偽善行為をしてゐるのを流してゐたらしいが知らない。とりあへず私は黒柳より相原勇の方が上等だと思ふ事にした。それから黒柳は新年の徹子の部屋のスペシャルでセーラームーンのコスプレをして馬鹿を証明した。

次号予告――一月十七日発行予定、多分次号で廃刊。御愛顧感謝。

※紙面が埋められず、発行されなかつた幻の第4号。今回初めて世に出る。

(C)Copyright 1995,1996,1998-2000 by T.Nozaki(野嵜健秀/TNN) All rights reserved.

早稲田ニセ学生新聞」indexへ
別館」indexへ